LOGINそらは、剣についた血を払い、鞘に納めた。息を切らすこともなく、静かにティナを振り返る。
「すごいな、ティナ。完璧な作戦と火力だったよ」
ティナは、杖を地面について荒い息を整えていた。彼女の顔には疲労の色が濃く浮かんでいたが、その瞳には達成感と、そらに認められたことへの喜びが満ちていた。
「ふ、ふふ……えへへ。そらさんが、わたしのために道を作ってくれたからですよ」
彼女は、少し照れくさそうに笑った。その笑顔は、これまでの旅で見た中で、最も自信に満ち溢れたものだった。
「やっぱり、ティナは強いね!!」
そらが、心から感心した様子で褒めると、ティナは頬を微かに赤く染め、少し照れたように「ありがとう」と、はにかんだ声で答えた。彼女の心臓は、激しい戦闘の興奮と、そらに認められた喜びで高鳴っていた。
そらは、倒れたゴーレムの残骸から、忘れずに魔石を回収した。それは、手のひらに乗るほどの大きさで、鈍い光を放つ上質なものだった。それをティナに手渡す。
「わたしには必要ないですよ。そらさんが持っててください」
ティナは、その魔石を受け取ろうとせず、遠慮がちに手を引っ込めた。
「ティナが倒した魔物だから、ティナが持っててよ」
そらは、譲る気はないとばかりに、軽くティナの手のひらに魔石を押しつけた。
「じゃあ、記念に、一個だけもらうね」
ティナは、そらの押しに負け、数個あった魔石の中から最も小さなものを一つだけ選び、遠慮がちに受け取った。手のひらに乗せた魔石の冷たさが、先ほどの激しい戦闘の熱を冷ましていくようだった。残りの魔石は、そらが収納をしておいた。
魔石の回収が終わると、そらは迷わず空間を捻じ曲げ、ティナと共に自宅へと転移した。
冒険から戻り、静かな自室でソファに腰を下ろしたそらは、今日の出来事を思い返していた。巨大なドラゴンが頭を垂れたこと、ティナと初めて本格的な共闘をしたこと、そして、崖壁を背にした絶体絶命の状況で、彼女が見せた覚悟と圧倒的な火力。
(チート能力がない方が、もっと楽しかったかもしれないな)
ふと、そらはそう思った。目の前の危機をいつでも一瞬で解決できる力があるからこそ、ティナの切羽詰まった表情や、二人で知恵を絞って魔物を打ち倒したあの瞬間が、より鮮明に、そしてかけがえのないものに感じられたのだ。
ティナは魔物に囲まれて焦っていて、転移で逃げられることや、そらの持つ規格外の能力のことを、完全に忘れていたようだった。もし、彼女が最初から自分の力を頼っていたら、今日の興奮と達成感は、これほど大きくなかっただろう。
その後、リビングで顔を合わせた際、そらは何食わぬ顔でティナに声をかけた。
「あー、そういえば、さっき、ちょっと道に迷っちゃったねー。ハハッ」
そう誤魔化してみたが、ティナは何も言わずに、そらをジト目で見てきた。その視線は、「あなた、何か隠しているでしょう?」と雄弁に語っているようで、そらは思わず目を逸らした。
(きっと気のせいだ……。ティナはジト目で見てくるような女の子じゃないはずだ……)
そらは、そう自分に言い聞かせ、胸の中で小さく呟いた。だが、背中に突き刺さるようなティナの冷たい視線から、すぐに解放されることはなかった。
翌日、ティナと一緒にギルドへ足を運んだ。受付カウンターに向かうと、いつもの受付嬢が、そらたちに何やら特別な依頼があるようだと声をかけてきた。「そらさん達に、受けてほしい依頼があるのですが」
「ん? どんな依頼かな?」
「少し離れた場所に、魔族が支配している町がありまして。人間が捕らわれ、奴隷にされて働かせられているのです。その救出と魔族の討伐です」
受付嬢は真剣な表情で、重い内容の依頼をそらに伝えた。
その言葉に、そらは即座に首を振った。迷いは一切ない。
「ボクには無理です。すみません」
「あの、実は……そらさんにしか、できない依頼なんです」
受付嬢は顔を曇らせ、懇願するように言われても、そらの意思は変わらなかった。彼は静かに拒絶の姿勢を崩さない。依頼を断ると、なんだかギルドにいづらくなってしまった。周囲の視線が少し刺さるように感じる。
「すみません。今日は……帰ります」
「そうですか……」
受付嬢は心底残念そうに頷いた。希望が失われたように、彼女の肩は少し落ちていた。
家に帰ると、ティナが心配そうな顔をしてそらの顔を覗き込んできた。リビングの柔らかな光が二人の表情を照らす。
「どうして、依頼を受けなかったのですか?」
ティナの真摯な問いに、そらは少し言葉を選んだ。自分の考えをどう伝えるか、一瞬迷う。
「えっと……だって、他種族が人間を奴隷にしてるから討伐っておかしいと思ってさ。人間だって獣人とか、同族である人間を奴隷にしているしね。でも、もし仲間が拐われて奴隷にされてたら、即座に殲滅に向かうけどさ。相手が人間でも、他の種族でも」
それに、人間に魔族と差別されて悩んでいたティナと一緒に、魔族を殲滅しに行くなんてできない。そらの心の奥底には、ティナへの配慮が強くあった。
「ごめんね。今キャンプ中で、しばらくここに滞在するんだけど大丈夫?」 俺がそう尋ねると、レナは気に留める様子もなく、修行の日々を送る者特有の割り切りを持って首を横に振った。「自分は、どこでも寝れますので大丈夫っす。依頼もないので問題ないっす」 彼女の言葉には、僅かながら暇を持て余しているような退屈も滲んでいた。その時、小さな影が視界の端に映った。フィオだ。彼女はこちらに気付くと、弾かれたように駆け寄ってきて、力いっぱい俺に抱き着いてきた。その小さな体重と柔らかな温もりに、俺は思わず頬を緩める。「あ、この子をよろしくね」 俺はフィオの柔らかな頭を優しく撫でながら、レナに向かって彼女を紹介した。「え!? この可愛い女の子をっすかぁ……? 私が教えられるのは剣術っすけど?」 レナの目は、目の前の幼い少女に驚きと戸惑いを湛えていた。彼女の剣術にかける真摯さを思えば、遊び半分で教えることはできないという迷いが、声の調子から伝わってくる。「なんか剣の筋が良いって言われてさ」 俺がそう伝えると、レナは目を見開いた。その一言が、彼女の心の奥にある剣士の血を揺り動かしたようだった。彼女の瞳の奥に、探究心と期待の光が宿る。「そうなんっすか? じゃあ……少し見てみるっすか……」 レナが腰に佩いていた刀を抜き放つ。金属が鞘から擦れる微かな音が、周囲の空気を張り詰めた。その瞬間、彼女の目つきは一変した。先ほどの気楽な雰囲気は消え失せ、研ぎ澄まされた刃のような、鋭い光を宿す。「ちょっと私に、本気で打ち込んできてくださいっす」 真剣な眼差しを受け、フィオは迷いなく頷いた。「うん」 フィオも自分の剣を抜く。細い腕には不釣り合いなその剣が抜き放たれた刹那、周囲の空間が歪んだかのように感じられた。フィオの小さな体から、形容しがたい威圧のオーラが溢れ出す。それは、太古の力、ドラゴンの威圧そのものだった。まるで目に見えない炎のように揺らめき、辺りの草木さえも押し潰しそうなほどの重圧
そらが指差された方を見ると、テーブル席に一人の剣士が座っていた。彼女はティナと同じくらいの年齢の、まだ幼さが残る少女だった。しかし、頭にはピンと立った獣の耳が、腰からは長い尻尾が生えており、その美しくも野性的な見た目は、隠しようがない獣人族であることを示していた。 ティナは、その獣人族の少女をじっと見つめ、どこか懐かしそうな、そして少し痛みを伴ったような表情を浮かべた。「少し前の自分を見ている感じですね……」 彼女は、そっと囁いた。「ヘルプだけで暮らしていくのは不安ですよ。正式なパーティに入れれば安定した依頼を受けられますけれどね……わたし以上に差別があって難しいでしょうね。獣人族の見た目は、隠すことが難しいですから……」 ティナの言葉一つ一つに、過去の彼女が経験してきた苦悩や孤独が込められていた。姿は人間でありながら差別を受けたティナでさえ困難だったのだ。姿を隠せない獣人族の少女が、安定した生活を築くことがいかに難しいか、想像に難くなかった。 ティナの言葉を聞いたそらの胸は、ギュッと締め付けられるような思いがした。見た目だけで評価され、努力や実力が無視される世界の理不尽さが、彼の心に重くのしかかった。「あの子を雇ってみても良いかな?」 そらは、ティナの過去と重ね合わせ、その獣人族の少女を助けたいという気持ちが強くなっていた。彼はティナに問いかけた。「はい。良いのではないでしょうか」 ティナは即座に太鼓判を押した。「わたしも何回かヘルプで同じパーティになったことがありますけど、良く働く真面目で良い子ですよ」 ティナのお墨付きをもらい、そらは迷うことなく、ギルドマスターに軽く会釈をして、そのテーブル席へ向かった。 ギルドマスターが、二人の間に立ち、間の言葉を挟んで紹介してくれた。そらは少女に向かい、以前ティナに話したのと同じ契約内容を、落ち着いた声で伝え、交渉を始めた。「えっと……依頼内容は、子どもに剣術を教えること。待遇は、住み
フィオは満面の笑みを浮かべたまま、地面にゴロンと倒れ込んだ。これで、俺役は死んだらしい。 そらは、その光景を呆然と眺めていた。 (え? なんで!? 俺……弱くないか?) 心の中でそらは叫んだ。たったキス一発で戦闘不能になる「俺役」のあまりの弱さに、衝撃を受けた。 (その話の俺が、主人公じゃないの? 主人公が、たったキスで死んじゃって良いのかよ) 主人公としての立場と威厳が、キス一つで簡単に崩壊した事実に、そらは密かに頭を抱えた。 フィオに続き、次はアリアが「ティナは負けないわ!」と意気込んだものの、すぐにエル(魔物役)に襲いかかられた。アリアは抵抗する間もなく抱きつかれ、キスをされると、アリア(ティナ役)もそのまま倒れて全滅となった。 そらは、この展開に納得がいかなかった。 (魔物役がちょっと強すぎじゃないの。なんでキスで倒されるんだよ!) 思わずツッコミを入れたい衝動を抑えながら、そらは頬を引きつらせた。子供たちの想像力と遊びのルールは、彼の常識を遥かに超えていた。 また、始まるらしい。役は変わらず続行するみたいだ。(いろいろと異議があるが、放っておこう……)♢剣士の家庭教師 不意にティナに呼ばれ、そらは彼女と一緒に、川のほとりに設置された手作りのテーブルに座った。穏やかな川のせせらぎが、二人の会話を包み込む。「フィオは素早さと瞬発力がありますし、先ほどの討伐ごっこの際に木の棒を振り回すのを見ていましたが、剣の筋が良いと思いますよ」 ティナは、遊びの中とはいえ、フィオの動きを真剣に観察していたようで、その顔は教師のような真面目な表情をしていた。 (え!? そうなの?) そらは内心驚いた。フィオの運動神経が良いことは知っていたが、剣士としての才能にまで言及されるとは思わなかった。 (でも、剣術の基本が分かる人はここにいないから、誰も教える人はいないな……) 頭を悩ま
翌日の朝、ブロッサムは皆に別れの挨拶を終えた。エルやフィオが名残惜しそうに手を振る中、そらはブロッサムに指定された、彼女の実家の近くの目立たない場所まで送り届けた。「色々と世話になりました」 ブロッサムは貴族の令嬢らしく、背筋を伸ばして丁寧に頭を下げた。その表情には寂しさと感謝が入り混じっていた。「こっちも色々とありがとうね。いつでも連絡してね」 そらが優しく声をかけた。 二人の会話が終わるか終わらないかのうちに、近くにいた門兵にブロッサムの姿が気づかれ、たちまち大騒ぎになってきた。門兵たちが驚きと喜びに満ちた声を上げながら、こちらへ向かってくる。 騒動に巻き込まれるのを避けるため、そらはブロッサムと最後の挨拶を終え、慌ててキャンプ地に転移で戻ってきた。 まあ、転移もあるし、すぐに会えるし、魔法通信もあるから、いつでも連絡できる。そらは再会を楽しみに、心の中でそう締めくくった。♢罠の成果と複雑な感情 そらはフィオをエルとアリアに任せて、ティナと一緒に昨日仕掛けた罠を見に行った。フィオたちは朝から川で水遊びを再開している。(おっ!! イノシシっぽいのがかかっていた。猪のような感じだけど、イノシシより大きく、体毛は黒く太く硬そうで凶暴そうな目つきだ。魔力も感じられるので、魔獣のイノシシかな?) 重厚な罠の強化されたローブがギチギチと音を立てるほど、獲物は暴れていた。「凄いですね。本当に捕れると思ってなかったです」 ティナが驚いたような声を上げた。その瞳は獲物の大きさに、見開かれている。疑っていたのですね、ティナさん。実はそらも捕獲に自信がなかったんだけどね。そらは心の中でそう呟き、頬を緩ませた。 次の罠の確認に行く時、足場の悪い山道でティナがバランスを崩し、転びそうになった。そらは咄嗟に彼女の身体を支えようと腕を伸ばしたが、勢いのまま、柔らかいティナの胸に触れてしまった。「きゃっ」 ティナの短い悲鳴が響く。 うわ、不味い!! ティナの変なスイッチが入ってしまう。そらは慌てて、何もなか
「この先に、ボクの仲間で家族のような獣人の娘がいますが」 そらが告げると、獣人たちは一斉に警戒したような表情を見せた。彼らの視線に敵意が混じる。「お前が捕らえているのか!?」「捕らえてはいませんよ。保護をして面倒を見ています」 そらは冷静に否定した。「だったら連れてきて証明しろ! 直接、本人から話を聞かせてもらって判断する」 リーダーは言い放った。彼の目は全てを見通そうと鋭く光っている。 そらは彼らの視線を受け止めながら、その場で転移魔法を発動した。一瞬の光と風が渦巻き、フィオを抱きかかえるように連れて戻った。「……なに?」 フィオは魚捕りを中断された不機嫌さを隠すことなく、獣人族の人々に向かって素っ気なく答えた。そりゃそうだ……楽しい遊びを邪魔され、ムッとした表情なのだから。彼女はそらにしがみつき、不審な集団を警戒している。 フィオの姿を見るなり、獣人たちは一斉に彼女に詰め寄ってきた。その表情には焦りと心配がにじんでいる。「大丈夫か? 辛い思いをしてないか? 助けに来たぞ」 大勢の大人に囲まれ、剣幕に押されたフィオは少し怯えたようだった。彼女はすぐにそらの後ろに隠れ、そらの服の裾をぎゅっと掴んだ。「つらくない。だいじょうぶ! ほっといて」 震える声だったが、フィオの言葉は力強かった。その瞳には自分を心配するどころか利用しようとした者への拒絶が宿っている。「本当か?」 リーダーの獣人が訝しげに問い返す。「こわい。このひと……」 フィオはそらの服の裾をさらに強く掴んだ。彼女の純粋な怯えと、そらに対する信頼の深さが、獣人たちに伝わったようだ。獣人たちは、その様子を見て、ようやく納得した。フィオが望んでいないことを理解したのだ。「本当みたいだな。悪かった! 近くに来ることがあれば村に寄ってくれ。人間が来たことはないが、獣人の娘を大切に保護してくれているお前は歓迎しよう」 リーダーの獣人は深く頭を下げ、謝罪と感謝の言葉を述べた。 仲間思いだけど、やっていることは危ないな……。助け出されたとしても、魔物や魔獣もいるこんな山奥で解放されてもなぁ……。そらは彼らの状況を察し、少し複雑な心境になった。「俺たちは帰るが、その娘を頼んだぞ」「うん。任せて!」 そらは力強く頷いた。 獣人族の集団が名残惜しそうにこちらを振り返りながら、森
皆が思い思いの場所で寛げるように、テーブルと椅子を何箇所かに作って設置した。川の近く、テントの近く、焚き火の近くにも快適な椅子を設置した。これで、誰もが、自分の好きな場所で景色を楽しんだり、語り合ったりできる空間が完成した。 そらが川の近くに設置した椅子に座って、流れる水を眺めていると、ブロッサムが静かに来て隣に座った。彼女は普段の優雅さの中に、どこか言いたそうな感じが伝わってきた。「どうしたの、ブロッサム?」 そらが声をかけると、ブロッサムは少し間を置いて、落ち着いた声で切り出した。「このキャンプが終わったら、私は家に帰ろうかと思いますの」 ブロッサムの言葉に、そらは内心で少し驚いた。彼女が旅を続ける理由は曖昧なままだったからだ。「家に問題は、なかったんだ?」 だからさっきティナと一緒にいる時に隣に座ってきたのか。そらは彼女の意図を今、ようやく理解した。「はい。他の領地にお茶会に誘われまして、その移動中に盗賊に襲われ、拐われてしまいましたの」 ブロッサムは一点を見つめながら静かに語り始めた。その口調には深い溜息が含まれているように感じられた。「そうだったんだ。家に問題があって帰らないのかと思ってたよ」 そらは相槌を打ち、ブロッサムの話の続きを促す。「じつは私は……貴族でしたの。貴族の暮らしが窮屈で退屈で、逃げ出したいと思っていましたの」(うん。知ってた) そらは心の中で同意する。ブロッサムの立ち振る舞いや言葉遣いは、平民のそれではなかった。「身なりや仕草と言葉遣いで、なんとなく分かっていたよ」 そらが正直に答えると、ブロッサムは丸い目を見開いて、少し驚いたようだ。「え? そうだったのですか!」 彼女は自分の秘密が既に見破られていたことに気付き、戸惑いの表情を浮かべた。「しばらくは、ここに滞在するつもりだから、帰りたくなったら言ってね」 そらはブロッサムの決意を尊重し、優しく声をかけた。「では、皆さんに挨拶をして、明日にでも帰りますわ」 ブロッサムは少し寂しそうに俯き加減で言った。自由な旅が終わることへの名残惜しさを感じているようだった。「うん。分かった。寂しくなるよ」(急に家族が恋しくなったのかな……?) そらは彼女の心境を慮る。「また、お邪魔しに来ても良いでしょうか?」 ブロッサムがそらを見上げ、少し不安